テル子のおはなし

エッセイとかコラムとか

寒暖差で失神寸前!

夏日!と思っていたら、寒い!

もともと風邪を引きやすい私、気を付けないと本当に体調を崩してしまいそう。4月はなんだかんだ忙しいから、風邪を引いている暇なんてないんだよ。

 

しかしまぁ、本日は本当に寒うござんした。

 

ついこの前、衣替えを終えたばかりだよ。

冬用のアウターは完全にしまい込んだよ。

電気代がやっと減ってきた~!と思ったばかりだよ。

寒暖差でアレルギー出ているよ。

気圧的なアレで頭痛いよ。

 

えるしっているか

しがつは ふゆではない

トイレはママズの避難場所

0~2歳くらいの子がいるママさんがほっと一息付ける場所No.1は、おそらくトイレだ。

理由は、一瞬だけの1人時間をもてる場所だから。

 

もちろん、子どもをベビーサークルなどに入れて安全を確保してからでないと入れないし、排せつ中も子どものことを考えて「早く出ないと」とハラハラしているので、心安まるわけではない。

場合によっては、子どもを抱っこしながら排せつしなければいけない日もあるだろう。(子どもを抱っこしながら排尿するってめっちゃ大変。なかなか出ない。あれなんでだろうね。)

 

それでも、子育てで心身が疲弊しているときは、子どもと自分の間にドアが1つあるというだけで、一瞬の安らぎを得られたものだ。

 

うちのムスコッチャンはもう5歳。

トイレに行く時にベビーサークルに入れることはないし、自分の排せつ中に「ムスコッチャンは無事かな……」などとハラハラすることもほとんどない。

そう思うと、一抹のさみしさを感じる。

 

ただこういう経験をして、落ち着いてトイレに入れることが本当にありがたいことなのだと知ることができたのは大きい。

さあ、トイレに感謝しよう。

あのとき、軽率にほめてくれてありがとう

私は、ルックスがよろしくない。

 

20代の話だが、サイゼリヤで1人飯をすればイキった小学生集団が私に紙ゴミを投げてくるし、当時所属していた芸能事務所の先輩俳優♂からは、初対面で「ぶーちゃん」(ブス&デブの意味)と呼ばれたこともある。

どちらも冷静に考えると酷い話だが、自分の見た目が悪いから言われてしまうんだなと思い、ただただ落ち込み、下を向いてばかりの人生を送ってきた。

 

そんな私だが、過去に一度だけ明確に見た目をほめられたことがある。

 

20代前半の頃、私はチラシ配りのバイトをしていた。主にコンタクトのチラシ配りだったが、まれに飲食店やスポーツジムのチラシを配ることもあった。

そしてある夏の日、バイト先からお願いされた派遣元が、オタク街(察して)にあるヘッドホンやイヤホンを扱うお店だった。

しかも、お店から貸与される浴衣を着て、ヘアメイクをしてもらって、お店のかわいらしいヘッドホンをつけてチラシ配りをするという、高難易度ミッションだったのだ。

チラシ配りバイトには女性が少なかったこと、普段バイト先とは電話のやりとりしかしないため顔が知られていないことで、性別:女というだけの私に白羽の矢が立ったのだろう。

 

断ることもできたのだが、時給やら休憩時間やらいろいろと条件がよかったため、引き受けることになった。

いざやってみると、そこはオタクの街。不思議な格好をしている人は山ほどおり、浴衣姿の私もさほど浮くことはなかった。

 

順調に仕事をこなしている中、それは突然やってきた。

「かわいい子はっけ~ん。」

颯爽と現われたオタクのお兄さんが、このセリフをキリッと言いつつ、チラシをさっと取ってスタスタと歩いていってしまった。

一瞬何が起こったかわからなかった。

「かわいい子」が自分を指していたらしいことに気付いたのは、数秒後。そのときには、お兄さんはすでに人混みに消えていった。

 

その後、また違うオタクのお兄さんが寄ってきて、「浴衣メイドカフェですか?」と聞いてきた。「イヤホン屋さんなんですよ~」と言うと、

「そうなんだ。キミが担当してくれるカフェだったら行こうと思ったよ。」

好き!!

危うく見ず知らずのお兄さんに告白するところだった。

 

 

仕事自体は滞りなく終了したが、私はこのときに話しかけてくれた2人のお兄さんを、一生忘れないと思う。

実のところ、単なる浴衣効果だっただろうし、私じゃなくてもああ言ったかもしれない。

それでも、ずっと容姿をけなされ続けた人生を歩んできた私にとって、あの2人が気まぐれに放ったほめ言葉は、私の心の奥底で淡い光りを持ち続けてくれているのだ。

 

ちなみに、今回の記事に登場したお兄さん方がなぜオタクだとわかるのかというと、それは私が同族だからです。

オタクはね、オタクがわかるんだよ。

 

エチチ系バラエティー番組の録画を子どもに見せないようにするのは難しい

タイトルが全て、つまりはそういうことだ。

 

私はバラエティー番組が好きで、毎日何かしら録画をしている。子どもが20時くらいに寝てしまううえ寝室はリビングに隣接しているため、録画したバラエティー番組を楽しむのはもっぱら翌日以降の日中だ。

(録画可能なテレビはリビングにしかない)

 

録画一覧には、『ピタゴラスイッチ』や『鉄腕DASH』など子どもが見たい番組も録画されているため、子どもも普通に操作をする。そして私が録画したバラエティー番組の中で、子どもが興味をもったものがあれば、勝手に見ることもある。

 

そこで困るのが、子どもにはあまり見せたくない内容のバラエティーの存在だ。

 

具体的には、『ゴッドタン』のオオギリッシュナイトをはじめ、ガッツリ下ネタを扱う企画だ。ゴッドタン自体は子どももときどき見ているので、うっかりしていると勝手に見てしまう。

そこで、

「これはちょっと……」

と止めると、

「なんで?」

となる。

※ちなみに私はオオギリッシュナイトが大好きで、オオギリッシュナイトだけ集めたBlu-rayを作成している。

 

先日、『テレビ千鳥』で行われた企画「エッチな野菜をとりたいんじゃ」も、毎週テレビ千鳥を楽しみにしている息子に見せないようにするのが大変だった。結局、子どもが寝た後にボリュームを絞りに絞って1人で見た。

 

今のところ「これは大人向けだから」でなんとか凌げているが、今後いつまでこれが通用するのかがわからない。

 

また、こういうのはいつまで見せないようにすべきなのか、またベストな言い訳はなんなのか、日々考えては答えが出ないでいる。

 

 

エチチな笑いが好きな親をもつと、子どもは苦労するなぁ

花粉症~ハナミドゥシュビドゥバッ~

物心ついた頃から猫アレルギー、6歳から花粉症、中学生くらいから果物アレルギー、高校生くらいから大豆アレルギー、25歳くらいのときにウサギアレルギーを自覚。

 

年々アレルギーが増えていく。

そして今は花粉症の時期。

 

昔から、壊れた蛇口のように鼻水が出まくるのに、なんで脱水症状にならないんだ?と思っていた。

そして、なんで「無」からこんなに汁が湧き出るんだ?とも思っている。

 

どちらも医学的に理由はあるのだろうけど、イチ花粉症患者としては汁が!汁が!!と日々苦しむのみ。

そして鼻や目の痒みだけでなく、喉や耳の奥まで痒くなると、顔中の穴は繋がっているんだなぁと人体の神秘を感じるのだ。

 

イックショイチッキショイ!!

自己肯定感の育て方

自己肯定感、ここ数年でよく聞くようになった言葉だ。読んで字のごとく自己を肯定する力のことだが、私はこの力がすさまじく低い。低いというかない。自分はゴミだと思っている。

だからこそ、子どもには自己肯定感を多少でも身につけてもらいたいのだ。

 

しかし、野球経験がない人が野球を教えるのは難しいのと同様、自己肯定感がない私が自己肯定感を育む子育てをするのは至難の業だ。

いろいろ調べたが、本当に難しい。

 

そこで、私にもできることを実践した。それは

「あなたは世界一かわいい!」

と言い続けることだ。

私は自分のブスさがコンプレックスだからわかるが、自分の見た目を肯定できる人は、そうでない人よりも人生が輝く。

そして、実際に「ムスコッチャンは世界一かわいい」と心底思っているので、これならなんとか実践できると思った。

 

現在、ムスコッチャンは5歳。

 

私「かわいい人~?」

ムスコッチャン「は~い!」

私「世界一かわいい人~?」

ムスコッチャン「は~い!!」

 

何の疑いもなく返事をするようになっている。

夜中、寝返りをうって半覚醒しているところに「かわいいひと~?」と耳打ちすると少し手が上がるし、朝起き抜けに「今日もかわいいねぇ」と言い続けていたら、今朝「ねぇ、ボッキュ今日もかわいい?」とニコニコしながら聞かれた。

 

これが自己肯定感なのかどうか、もはやよくわからないが、それでも幼少期に「自分はかわいい」と信じていた記憶は、いつか子どもの役に立つかもしれない。

 

 

もっと大きくなって

「ババアうるせぇ!」

って言われるまで、あなたはかわいいと言い続けようと思う。

できるだけ「キモい」と言わないようにしている理由

うちには子どもが1人いる。

親の発言は、細かなことでも子どもにとって大きな影響を与えると思っている。

 

例えば私は毛虫がどうしても苦手だが、できるだけキモいとは言わない。

子どもには、

「カーチャンは毛虫が苦手だけど、かわいいと思う人もいるよね。」

などと伝えている。

 

「マズイ」「おいしくない」も同様だ。

親の好み=正義、だとは思って欲しくない。これらも、言い換えるなら「苦手」が適切かと思う。

 

子どもはどうしても親の影響を受けてしまうものだからこそ、できるだけ本人のスキキライを尊重したい。

 

 

……とまあエラそうに言っても、書いたことが実行できているか自分でもよくわかっていないのだけれど。とっさには言っているかもしれないし。

今後も、意識だけはしていく所存。